西村京太郎、新幹線主流…鉄道ミステリー受難の時代



 背が低くてあだ名はタヌキ。ん? 誰のハナシかと思ったら、十津川警部のことというから驚いた。
 十津川警部との“付き合い”は34年に及ぶ。書き始めた当初、昭和50年代前半は男性の平均身長が165センチといわれた。その時代に「ちんちくりんで中年太りしている警察官を思い浮かべていたので、身長は160センチほど」の設定だったそうだ。テレビドラマで高橋英樹、渡瀬恒彦が演じる姿とはかなりの開きがある。「ちょっと女性にモテ過ぎですよね」と笑う。
 むしろ、亀井刑事役の愛川欽也が「十津川警部のイメージに近い」という。作品を読んだ愛川自身が「実は僕に似ているんじゃないですか?」と問いかけてきたこともあるとか。
 「たしかに似ているかもしれません。ただ、テレビドラマでは分かりやすい人物設定が求められる。『カッコいい主役に、ちょっとトボけた脇役』というコンビに落ち着くのでしょう。最近では、ドラマのイメージに引きずられて書くこともあり、今では警部の身長も175センチに。日本人の身長も高くなりましたし、まぁ、このご時世、160センチでは尾行するとき人波に埋もれて前が見えませんしね」
 警部の身長を変えさせたほど、この34年で世の中は大きく動いた。トラベルミステリーの舞台となる鉄道も激変。たとえば新幹線は現在、北は青森から南は鹿児島までつながり、多様な車両が走り回る。しかし、書き始めたころは東海道と山陽を走る団子鼻の0系だけ。『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』以来、作品に何度も出てきた夜行列車も、ほとんど消えてしまった。
 夜汽車が繰り返し小説のテーマになったのは「見るのも乗るのも好き」という自身の「愛」が大きい。上野駅のホームで夜行列車の発車を見送り、「赤いテールランプが遠ざかって消えていく。あの様子が好きでした」と、ブルートレイン全盛期を懐かしむ。
 「実際に乗ったときは、列車が夕方に発車して、あたりがだんだん暗くなり、遠くで家の明かりがパッとついたりする。『ちょうど帰ってきたのかな。あちらの家は暗いから、まだ帰っていないのかな』と考えつつ、『あの家に住む人とは一生会うことはないのだろうな…』とか。一人で感傷的になれるのも汽車旅の面白さで、新幹線だとこうはいきません」
 交通の高速化は時代の必然で、新幹線や航空網の整備によって移動の利便性は格段に上がった。その一方、車内で過ごすのんきな時間は減り、一人であれこれ考える余裕はなくなりつつある。これまで公共交通機関が与えてくれていた「思索する時間」を、忙しくなるばかりの日常でどう確保すればよいのか。難しい問題だ。
 ミステリー作家は、ぶ厚い時刻表を頼りにストーリーを組み立てる。鉄道トリックの基本は、遠回りのルートが実は早く到着する「急がば回れ」と、後から出た列車が先に着く「追い抜き」の2つ。だが、新幹線一辺倒の時代になり、多彩な列車が織りなすトリックは編みだしにくくなっている。
 それでも、創作意欲が衰えることはない。仕事を続ける極意は、「飽きないこと」。飽きずに続けるから「商い」−とはいわれるが、500作以上も書いた大作家が語ると、重みが違う。(ペン・久保木善浩、カメラ・瀧誠四郎)
 ■にしむら・きょうたろう 1930年9月6日生まれ、81歳。東京都出身。都立電機工業学校卒業後、人事院に勤務。63年、『歪んだ朝』で第2回オール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビュー。78年、トラベル・ミステリー・ブームの先駆けとなる『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』を発表し、ベストセラーに。十津川警部シリーズは現在も多くの読者の支持を得ており、今年3月の『十津川警部 秩父SL・三月二十七日の証言(アリバイ)』でオリジナル著書が500冊に到達。このほど、トラベル・ミステリーに欠かせない時刻表の面白さをまとめた新書『十津川警部とたどる時刻表の旅』(角川ONEテーマ21)を出版した。
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by pachifu | 2012-06-06 15:01