7月7日、8日の2日間、都内で「PMI日本フォーラム2012」が開催された。「進化するプロジェクトマネジメント」をメインテーマに掲げた今年度の参加者は述べ1,200名を超え、「スーパーコンピュータ『京』」「東京スカイツリー」「ANA B787導入」などの大規模なプロジェクトマネジメント(以下、PMと表記)事例から実践的なPM手法の研究報告まで多彩な講演/分科会と、会員どうしの交流や意見交換を行うネットワーキングの場となった。
PMI(Project Management Institute)は1969年に設立され、PMに対する科学的アプローチを目指して、国際的なPM標準である「PMBOK知識体系ガイド」などの策定や「PMP(Project Management Professional))」などの資格認定などを行う非営利組織である。現在、ワールドワイドの総会員数は38万6,000を超え(2012年5月時点)、PMPの有効資格者も47万9,000名以上を数える。
同フォーラムのために来日したPMI会長兼CEOのマーク・ラングレー(Mark Langley)氏は、PMIが世界中の企業を対象に実施したビジネスとPMに関する実態調査「2012 Pulse of the Profession」報告書に基づく特別講演を行った。経済の先行きが不透明な現在の状況下で、個々のプロジェクトを確実に成功させ、利益を生み出すためのPMとはどのようなものか。Computerworldでは講演後のラングレー氏にインタビューを行い、ビジネスとPMを巡る現在のトレンド、これからのプロジェクト・マネジャーに求められる役割について聞いた。
基本に忠実な企業こそが成功する
ラングレー氏の講演では、プロジェクトの成功率が80%を超える企業の特徴は、次のようなものであると紹介された(この「成功率」とは、時間/コストの両面で当初の計画どおりにプロジェクトを完遂できた率を指す)。
○正しいスキルを持ったプロジェクト・マネジャーの配置
○時間、コストの両面で現実的な実施プランの策定
○プロジェクトに対する経営幹部の積極的な関与と理解
○目標とするベネフィットと実行時の指標を「プロジェクト実施前」に定義
○市場の変化など外部変化の把握と対応
企業が計画どおりの利益を確実に出していくためには、こうしたPMの基本に立ち返ることが重要であると、ラングレー氏は繰り返し強調した。
――講演の中で、何度も「PMの基本に立ち返るべきだ」というメッセージを強調されていたことが印象的でした。
ラングレー氏:世界的な不景気の中で、よりグローバルなビジネス活動、新興市場への進出といった動きも多く見られる。PMはより戦略的に、かつ基本に忠実に実行していかなければ成果が出ない。
調査からは、パフォーマンスの高い(プロジェクト成功率の高い)企業がPMの重要性を認識して、スケジュール管理やプロジェクト範囲の管理といった基本の実施に注力していることがわかっている。また、PMがきちんとできる人材の開発にも投資をしている。
――PMの最終的な目標を「ベネフィット(価値)の実現」に置き、そこからプロジェクトがうまく進んでいるかどうかの指標を設定するべきである、という点も強調されていましたね。これも現実にはうまくできていないことだと思います。なぜでしょうか。
あるプロジェクトを実施することでどんな価値が生まれるのか、ということをプロジェクトの実行開始前に設定し、計画を立てておかなければ成功はない。この価値というのはグループ内だけでなく、グループ外のステークホルダーに対する価値も含まれる。
さまざまな企業のIT担当者、ITプロジェクト・マネジャーと話をしていて感じるのは、彼らがITとビジネスを切り離して考えがちであること。本来、ITはビジネスの重要な一部であり、IT担当者も、ITが自社のビジネスにどのような影響を及ぼすのか、3年先、5年先までのビジネスに対する広い視野を持ってPMに取り組んでほしいと考えている。
反対にCIO、企業幹部には、プロジェクトに対して積極的に関与してほしい。数カ月、数年前に決定して実行中のプロジェクトに「現在の」事業方針が正しく反映されているのかどうか、あるいは自社ビジネスのロードマップとプロジェクト・ポートフォリオ(多数のプロジェクトに優先順位を付け、コストや人材などを適切に配分する)の内容が合致しているのかどうかを管理する。現在検討している戦略、プロジェクトは1年後、3年後に運用されることになるので、現実との食い違いが出ないように関与していくことが重要だ。
グローバル言語としてのPMI標準
――PMP資格について。PMP資格を取得することの意味と価値とはなんでしょうか。
PMIではPMPを含め6つの認定資格を提供しているが、最も有資格者数が多いのがPMPだ。
まずプロジェクト・マネジャー個人にとっては、どのような教育を受け、どういう経験を積んだか、どういう能力があるのかということを示す指標になるというのが一点。会社に対して、プロジェクト・マネジャーとしての価値を示すことができるわけだ。
さらに企業のグローバル進出という視点から見ると、多国間でプロジェクトを進めなければならない場合に“共通言語”、同じプロジェクトマネジメント言語を使ってやり取りすることができる価値がある。実際に、多くの日本企業が現在新興市場への進出を図っているが、すでにPMIの標準に従ってPMを実施している企業の場合は、進出に際しても新たな標準を取り入れる必要がない。これはとても大きなメリットだ。
――PMP資格の現況は。グローバルではどのように拡大しているのでしょうか。
PMPは、ワールドワイドでは48万人近く有効資格者を数える。およそ半数を北米地域、30%をアジア太平洋地域の資格者が占める。
例えば中国では、この10年間にPMP資格を取得する人が大幅に増えた。10年前は1年間に1,000~1,200人程度がPMPを取得していたが、現在は年間で3万人になっている。ほかにもブラジル、インド、南米、中東、アフリカなどで資格取得者が増えており、現在最も伸び率が高いのがアフリカ地域だ。
こうした変化は、それぞれの国でグローバル展開するビジネスが増えていて、「グローバルなプロジェクトマネジメント言語」が必要になっていることを示している。
若い世代のPMへの登用が急務
――PMIとしての今後の方向性、活動目標はどのように考えていますか。
PMIが最も注力する点はこれまでと変わらず、「PM手法の改善」に向けて取り組んでいくことだ。企業が現在直面している課題、あるいは将来的に発生するであろう課題に立ち向かうためのPM手法というものをさらに追求し、広めていきたい。
また、国にもよるが、今後は若い世代のプロジェクト・マネジャーを育てていくことも必要となる。そこで大学や教育機関などと連携して、学生がPMを学べるカリキュラムの提供にも尽力していきたい。
――現在のプロジェクト・マネジャーはベテランの方が多く、年齢層も比較的高いですね。若い世代を育てる必要があるとはどういうことでしょうか。
先進国では社会の高齢化が進み、企業のプロジェクト・マネジャーも年齢層が高い。国にもよるが、10年以内には現在のマネジャーたちが次々と定年退職していってしまうことになる。一方で、プロジェクト・マネジャーに対する需要は、今後さらに高まっていく。要するに人材供給が不足してしまうのだ。
企業はこうした事態を深刻に受け止め、古い世代が退職する前に、若い世代にPMのメンタリングを実施するプログラムを構築しなければならない。
PMIは「PMIEF(Project Management Institute Educational Foundation)」というPMI教育財団にも協力しており、こうしたものも活用して、若い人にとって魅力的なキャリアパスがあることをアピールしていきたい。
(大塚昭彦/Computerworld.jp)